荏柄天神社
さて、鶴岡の境内を通って、白旗神社や国宝館の前を通り過ぎ、東門から敷地を出ます。
その角にすぐあるのが、

源平時代のヒーローの一人。
畠山重忠(はたけやま しげただ)さんの屋敷跡・・・の碑。
幕府創建時の有力御家人の一人で、
平家物語では、崖から降りる馬が「かわいそう」と言って、
うりゃああっ
・・・と、その馬を担いで自ら崖を下ったと言うエピソードが残っていたりする
心優しき力持ちさん(^^)
あの時代の馬はわりと小柄で、重忠さんは大柄な体格だったと言うので・・・
もっぱら嘘話ではなさそうな・・・(^^;)
(その息子、重保くんが殺された場所も、若宮大路に石碑として残っています。こちらは咳止めの神様になってますね)
その石碑の前を通るとすぐにあるのが、
頼朝のお墓のある方角に抜けます。
(ちなみに頼朝のお墓、ずーーっと後の時代、江戸になってから、島津さんが自分の先祖だから・・・と建てたものです)
一応、案内人は同行者に訊いてみます。
「お墓・・・見る?」
「前に見た事あるから、いらない」
と言うわけで、頼朝のお墓はスルー(^^;)
更に道成りに進んでいき、雪ノ下の清泉小学校の前へ、
こちらは頼朝が鎌倉で最初に作った「大蔵幕府」の跡の石碑があります。
(鎌倉幕府も、火事やらなにやらで時代ごとに何回か移転してるのです−−;
京都の御所と同じですねー)
そのまま進んで、荏柄天神社に立ち寄ることになりました。

大きな杉の木が二本、まるで鳥居のように交差する下を通り抜け、階段を上って到着。

天神さま・・・、菅原道真さんを祭った神社です。
北野天満宮の記録はこちらへ
創建は長治元年(1104)と言いますから、
かなり古いものではあります。
鎌倉幕府公式記録「吾妻鏡」にも名前が出ていました。
起源は一体に雷が落ちた事で、付近の里人が恐れて祭ったといいますから・・・
当時から「雷」=「菅原道真」の連想が明確に定着していた証・・・でしょうねー。
「って、何でそーゆーこと知ってるわけ?学校で習った?私は記憶にないけど」
と、ふとそんな疑問が脳裏をよぎったのか、Tからのいきなりな質問。
「単に・・・、個人的に趣味で調べているだけです」
何を今更な・・・ですわ、Tちゃんたら・・・(−−;)
お参りしてご挨拶が済んでから、境内を散策。
「あのね、ここはおっきな筆があるんだよ」
「筆・・・?」

はい、本殿に向かって左側、
少しばかり石段を登った先に、どどーん・・・と大きな筆がございます。
絵筆柄と言いまして、筆の柄の部分をクローズアップすると・・・、

手塚治虫を初め、有名なまんが家さんたちのイラストがレリーフになって貼り付けてあります。
清水崑と言う人が長年カッパを書いた筆に感謝して作った・・・
らしいのですけども・・・。
テーマは「カッパ」なので、まんが家さんたちのイラストのテーマもカッパです。
154人のまんが家さんの絵が付いているのですけども・・・
でも昔に活躍された方ばかりなので、
ドラえもんの藤子Fさんくらいしか、知っている名前がないのです(−−;)
が・・・
その道のマニアさんたちにとっては、美味しいスポットと言えましょう。
ちなみに、富山にもこれと同じ物があるそうです・・・。