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鶴岡八幡宮



小町通を更に進みます・・・。
途中にあるのが、お香のお店
鬼頭天薫堂さん。


一階はかなり狭いですが、
お香グッズの販売。
二階では、香道教室などを開催されています。
梅香を初めとした古典的なお香も、もちろん取り扱われていますが
どちらかと言うと、
現代的なオリジナルのお香が多いようです。
手軽な値段で、可愛いお香グッズもございますし(^^)
もちろん土地柄、源氏や静御前と言った歴史上の人をテーマにしたお香も数多いのですけども・・・。

ちなみに、こちらの梅香はかなーり・・・特徴的と言いますか
自己主張する・・・香りがいたします。
(と表現すると、少しずれてしまうのですけども−−;)
いえ、もちろん嫌な薫りではないのですが・・・。
(こちらは梅香、錬香しか扱いがないようなので・・・スティックは見当たりませんでした)


さて・・・。
天薫堂さんを過ぎると、つき辺りが鶴岡八幡宮です。
既に目の前は敷地内の緑が見えますが、
入り口はここを右折・・・。
段葛(だんかずら)前の大鳥居から入ります。


あ・・・ちなみに段葛と言うのは、
鶴岡の参道です。



3月の撮影の写真ですが(−−;)


並み居る御家人たちが、
源頼朝の奥さん、北条政子の安産を祈願して土を運んだ・・・と
歴史書「吾妻鏡」にある参道。
若宮大路にあるこの参道は、春は両脇の桜が満開。
五月はその下のツツジ・・・と花の季節はとてもキレイな場所です。



鳥居を潜ってすぐの太鼓橋は(写真はこちら
と、左右の源平池を過ぎると、正面に拝殿が見えて来ます。


鶴岡八幡宮
1063年に、源頼義が奥州平定の帰りに由比ガ浜の近くに、
源氏の氏神
岩清水八幡宮を勧請して祭ったのが起源。
岩清水八幡宮・・・、ああ、こちらも京都に足を運んだ際、ぜひ行ってみたいものですが・・・。

えっと、この八幡宮を頼朝が鎌倉に武士の街を作り始める際、
現在地に移したのでした。
京都が御所を中心に作られた街だとすると、
鎌倉は御所に相当する場所に
源氏の氏神を祭ったわけです。
ですから海から直線に八幡宮に向かって走る若宮大路は
京都で言う所の烏丸通りって事ですかねー
(一直線・・・現在は若干曲がってますけど)


ところで、始めに鎌倉に祭られていて、現在地に移す前の神社は・・・?
と言いますと、
材木座海岸の方に今も元八幡として残っていたりします。

ちなみに・・・
現在の社殿は江戸時代の作り。
やはり鎌倉時代でも、建物ってなかなか残らないものですねー(−−;)
頼朝の時代にも、八幡宮 火事で焼けてますし。
(でもって頼朝がショック・・・って泣いちゃった・・・なんて記録も残ってます^^;)


それにしても・・・
暑さのせいでしょうか?
随分と参道も人の姿が少ないような(^^;)



更に進むと、舞殿に到着。
季節柄
周囲に七夕のお願い事の短冊がぶら下がっております・・・
静御前の舞なども、こちらで行われます。
下拝殿とも呼ばれていますが・・・。

この周辺は、鳩がいつもたくさんうろうろしています。
鳩の餌も売られていますので
あげてみるのも一興ですが・・・
まず間違いなく
飢えた鳩たちに取り囲まれて(@@)
きゃーー・・・
奈良公園の鹿・・・のようです。



本宮前の大階段の脇には
三代将軍 源実朝の暗殺劇が起こった・・・
と言い伝えられる大銀杏が葉を茂らせます。
ご神木なのですけども
最近では、



鎌倉一体に繁殖しまくっています
台湾リスさんの住処に(^^;)
人慣れしてますので・・・
中には「餌くれ」
と、寄ってくる子もいたりします。


さて・・・
毎年のお正月
混雑ランキングに必ず入る鶴岡さんですが・・・
その時の「何万人」と発表される人数・・・どうやって数えているのか?
まさか野鳥の会?
などと疑問がありましたが・・・
以前、鎌倉時代の食事の再現・・・とゆー
ツアーに参加したおり、
宮司さんから教えていただきました。

本宮前の大階段。
お正月の参拝の時は、石段の一番下でロープを張って
入場制限をするわけですが・・・・
この一段に横一列に並ぶと20人。
これかける段数の61段
で・・・階段一杯に人が並んだ状態で1220人。

この人数が参拝してから、またロープを上げて次の人たちを入れて・・・と
交通規正すると、
一体何回ロープを上げ下げしたか・・・で、
おのずとここを通過した参拝客の人数が割り出せる・・・との事でございました(^^)
すごいのです。
神社ならでは知恵ですわ。




続く・・・




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