旧開智学校
松本のお城から、町の中を10分ほど歩きました。
「どこ行くのー?」
「開智学校に行ってみよう」
「なーに、それ?」
連れていかれるがまま、予備知識もなく歩くと・・・、
やがて見えてきたのは、ものすごーく近代的なデザインの小学校。
開智小学校です。
「うわー・・・校庭が広い(^^)
これならば野球もテニスもたくさんスポーツが出来そうです。
校庭の狭い学校出身なので・・・うっとりしてしまいます。
我が母校は、教育実習の先生に、
「この学校の校庭はどこですか?」
なんて質問されるほど狭い校庭だったものです。
(校庭、あるにはあるのですが、百メートルトラックの敷地すらなかったので
ただの中庭だと思われていたのです^^;)
当然、野球部もなく・・・陸上部なんて校舎の階段走ってましたっけ(−−;)
(料理部ゆえに、その苦労はあまり味わいませんでしが・・・)
さて・・・
母校への思いはともかく、
来ているのは開智学校。
・・・そのお隣にあるのが、古い木造校舎。
旧開智学校です。
明治6年に開校。
校舎が建てられたのは明治9年、
当時としてはものすごーくモダンだったはず・・・。
しかも工事費の七割は住民の寄付で賄われたってあたり・・・
なんて志高い住人が多かったのか驚かされます(@@)
子どもたちは新しい校舎に移ったので、こちらの古い校舎を
資料館としているのです。
入館料は300円。
重要文化財です。
なにやら手前の道路には、
可愛らしい絵のマンホール。

レトロ風味の女の子(^^)
可愛いのですー、とパシャリ。
「何撮ってンの、置いてくよー」
「今行くのです(^^;)」

マンホールの横に立って、ふと柵の中を覗いて見ると・・・
ちらほらと見学者さんたちがいらっしゃる様子。
こちらも有名な観光スポットなのですね・・・。
近くに行って見上げてみると・・・。
素敵な龍がいます・・・けど、
更にその上(−−;)

いまいち不鮮明ですが(^^;)
上の「開智学校」の額を持った二人の「えんぜる」
・・・なんだかアンバランスと言いますか、
なんともユーモラスなお姿なのです。
どうやら当時の新聞に載っていたイラストを元に作られた・・・
そうなのですけども。
「エンジェルが何であるか知らない人が、作っちゃったみたいな・・・」
「同感・・・(−−;)」
西洋のエンジェルは、シルクロード通ってわが国に来た頃には・・・
「飛天」になっていましたから(^^;)
似て非なる物って属性では・・・ごほごほ。
よーく見れば愛らしいのですけども・・・。
和風と洋風が混ざったこの建築物。
擬洋風(ぎようふう)というそうです。
大正ロマンな香りがいたします・・・。
いえ、時代は明治ですから、文明開化の音って例えのがいいですかねー。

校舎の中は、雰囲気のあるホテルとしても
十分通じるようなたたずまい・・・。

当時学校で使われていた道具や、写真などが展示されています。
こちらの龍なだか鳥なんたが(^^;)
な彫り物(一応龍・・・らしいですが、やけにずん胴−−;)は
廊下の間仕切り。
全部でこれと似た扉が、校舎の中には8面あります。


当時使われていた教科書の復刻版も、1200円で売られていました。

「だから何で、犬に反応してるの?(−−;)また写真とって」
「だって・・・なんとなく・・・(^^;)」
早太郎ちっく・・・某・武士ちっく・・・。
展示された写真の中では、
赤ちゃんをおんぶした女の子たちのお勉強風景もありました。
「子守」として雇われた子どもが、校舎の窓の下で授業を聞いて勉強している姿に心を打たれた
教師が、
少しの時間をとって、子守の仕事のある子どもたちにも教鞭をとったといいます。
住民の寄付で作られた学校といい、
なかなか勉強する機会のない子どもにも教育を受けさせる教師といい、
熱い教育者の志を感じるのです(^^)
義務教育で、いやいや登校する子が多いこのご時世ですが・・・、
学びたくても、学べない、
それでも勉強がしたいんだ・・・と
純粋な眼差しをしていた子ども・・・
この国にも、かつてはたくさんいたのですね・・・。
今も・・・いることにはいるのでしょうが(^^;)
希少になってしまったような。
やはり義務で行くのと、自分から行きたがる所に・・・
学校の価値ってあるのですかねー。