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六条掘川邸・櫛笥通り



さて・・・
ソフィも名古屋に戻って・・・。
京都での一人暮らしが始まりました。

毎年二泊三日の京都旅行で、見たい所はてんこ盛り
なのに時間と体力と資金が限られて(;;)
もっと見たいのに〜・・・と切ない悲鳴を上げるのがここ数年の風物詩状態(−−;)
これはもう住む他なしと、お部屋も借りたことなので
心置きなく、うろつき回らなくてはなりませんっ(==)

ぼぼぼぼ・・・(←気合が燃え上がる音)

そこまでするか、普通?(−−;)

はい、もう遙かに魂食われたとでも、なんとでも・・・

で、うろつくのは、修学旅行でみなさんが行くような有名観光スポットではなかったりします(^^;)
たぶん、遙かツアーを個人的にされている方でも、ごく少数派なスポットと思われますが・・・。
今回の目的地は、遙か3 九郎さんのお宅と、景時さんの京邸でございます。
宇治を回って、風俗博物館にも立ち寄った後の、お日様が出ている残りの時間も無駄なく有効活用なのでした。

と・・・言っても、800年前の時代
現代京都にお宅が残っているわけなく・・・
ええ、木造建築は、西洋の石造りと違って火事に弱く・・・
(なので木造で長く残っている法隆寺ってものすごく珍しいタイプなのですよねー)


とりあえず、その邸宅跡・・・と伝承される場所を目指します。
まずは九郎さんの六条掘川邸
代々の源氏の京都での拠点ですね。
他にも九郎さんは、「室町」って所にある屋敷にも住んでいたようですが・・・
前九年後三年の後の時代ゆえに、
平氏全盛期の直後とはいえ、源氏の勢力も拡大して京都に足がかりな家があったのですねー。
(頼久さんの時代、貴族の番犬やってたのとは・・・偉い違いです^^;)

場所は、西本願寺の門前から北上したあたり
源氏物語のジオラマがある「風俗博物館」の、斜め向かい辺りにある
左女牛井の跡
跡という呼び方の通り、井戸もありません・・・(^^;)
六条掘川邸は、この京都の名水と呼ばれた井戸の水を使用していたので
この辺りを九郎さんが、お仕事して回っていたわけですねー。



と・・・
また何の変哲もない、石碑に興味津々で写真撮りまくり(^^;)
ああ、でもこの時間の余裕っ(///)
いつもの駆足旅行では出来ない贅沢なのですっ
うっとり(←もう、病気です^^;)


さて・・・次に探すのが
朔ちゃんもいる、望美ちゃんたちの京都での拠点
櫛笥小路にあるという梶原館跡・・・

と・・・探してみましたが、ええ、景時さん
歴史上では義経の仇役なので、人気もいまいちだったせいか・・・
井戸どころじゃなく、影も形もありません(^^;)
さすが800年前は遠いです(==;)


でも・・・
せっかく来たので、譲くんプリンが製造された台所・・・とかはもちろん望めませんが(^^;)
その付近だけでも、うろついてみたい・・・と、道の名前から
現在の櫛笥通りに入ってみます。
櫛笥通りは、この左女牛井跡・・・から、徒歩でいける距離?
掘川通りに面したこの井戸の跡から・・・五条通りへ北上して左折
その先にある大きな通り、大宮通りを越えて二本目の小道がそれです。



櫛笥町・・・

京都は、南北に伸びる通りと、東西に伸びる通りの交差地点を
二つの通り道の名前から呼び名にする住所が多いのですけども・・・
(だから九郎さんの家は、東西にの道も「六条」と南北の道「堀川」の交差した付近にあったから「六条堀川」なんですね)
なので南北の方の櫛笥通りが分かったら、あとは東西のどの通り(の付近)に
景時さんの家があったか分かれば・・・なのですけどもねー


吾妻鏡ひっくり返して読んだら、出てくるかもですね(^^;)
ふー
(最近お勉強さぼって、読んでません−−;)
だって吾妻鏡って、禁帯出なんですもの・・・図書館から貸し出し出来ない(;;)
買うと高いし・・・
(よって卒論の時は、必要箇所だけコピーでした^^;ああ、貧乏)


櫛笥通り付近・・・
なんだかやっぱり、古い町ゆえに味がありますわ


と・・・ここで時刻は夕方に
ツボをくすぐられるスポットの大半は、神社仏閣博物館な人間には
夕方が活動時刻の終了なのです(−−;)
なんて健全っ
ここから祇園の仮住まいまで帰るには・・・と、てくてくてくてくくてくてく
ひたすら北上
阪急大宮駅から帰宅とあいなりました

はい、交通費も食費も出来るだけ切り詰めて・・・
健脚にもなれるって一石二鳥なのです(^^)


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